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ほらほら日記・・・・・京都たかばし【旬彩barほらほら】の日常。

京都たかばし 旬彩barほらほら・・・場所は京都駅徒歩5分・京都駅東の通称「たかばし」。新福菜館本店と第一旭本店の南隣。・日本酒地酒20種・焼酎50種・漁港直送の天然新鮮魚介・居酒屋的フード&バー・個人店・飲み屋・利き酒・ワイン・一人飲み・京野菜・ジビエ・猪肉・自家製新鮮野菜・京都ならではのお話し・京都の歴史・京都検定ネタ・オフ会・会合・打ち上げ・女子会・ひとりめし・ひとりご飯・一人酒・歴史ネタ・高速 夜行バス待ち・horahora・その他モロモロ。店長篠田繁彦の見たよろずばなし。

たかばしの由来

ほらほらのある通称【たかばし】。

京都駅の東側にある【高倉跨線橋】を略して言うという説と、

鉄道を高架で超える高い橋を【たかばし】という説もあるそうで。

真相は現時点でわかっていないのですが、ウチの店のある【たかばし】は

少なくとも両方の意味合いがありそう。

現在の高倉跨線橋は1954年(昭和29年)に架け換えられた鉄橋。

京都市電も走っていた橋。

明治28年の日本初の路面電車として営業運転されたこの路線は京都駅の拡張移転などに伴って少しずつ変化しつつ最終的に塩小路高倉⇔中書島となり昭和45年に廃線

まさに今のウチの店の前を市電が走っていたってことなので当時の写真とか探してみたいな~。

そして現在の高倉跨線橋が造られた当時の橋梁工事は溶接ではなく熱したリベットを打ち込む工法。

さぞかし大変な労力をともなう工事だったんだろうなぁと思います。

大正3年に作られた先代は少し西側に今より斜め方向の橋が架かっていたそうで、その橋の写真や資料も探してみたいな~。

そうやって調べているうちにウチの店の辺りが秀吉の造った聚楽第を囲む御土居の一部であったのでは?という資料まで見かけました。

とにかくここ100年の間だけでも変化につぐ変化を遂げてきた様子。

応仁の乱以後の遺構は随所に残る京都の町ですが、この京都駅周辺は明治後半から数十年単位で激変してきたような感じがします。

私は決してオタクじゃないけど鉄道は好きだし歴史や文化も好き。

世の中各方面のマニアな方がイッパイおられますが、今後そんな人たちとも交流できたらとっても嬉しいな~と思うのです。

 

写真は通称【たかばし】高倉跨線橋とカラスと新幹線

 

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